初春の令月にして気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は佩後の香を薫らす
(中略)
我が園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも 大伴 旅人
穂花です。
今日から令和がスタートしました。
だけど…不況と不安と低迷と断絶と孤独と。
そんなネガティブな感情ばかりが渦巻いた平成の生きづらさを受けて。
決して祝賀ムードに心躍らないのは穂花だけに限らないと思います。
個人的には。
例年、ゴールデンウィーク中から終了後にかけて。
自殺される人の数がとても多いことに心を痛めています。
その原因は決して5月病だけではありません。
黄金週間をはじめ年末年始やお盆休みなど、長い休暇の期間は。
家族や友人とともに過ごす人が多い時期であるがゆえに、
逆にひとりぼっちである現実が身に沁みて、
孤独感を強めてしまう人がとても多いのです。
子どもさんであれば、新学期に「与えられた」スクールカーストが、
クラス内で固定してくる時期でしょう。
それでも連休の期間は自分の心や身体、
生命そのものを脅かすいじめから逃げることが叶いました。
学校に行かなくて済むことを通じて、厳し過ぎる現実から心を離すことができました。
だけど…連休前半が終わって、
今から少しずつ休み明けを想っては苦しんでいる方もいらっしゃることでしょう。
私自身いじめられっ子でした。
学校も家にも自分の居場所がなかった私は、
連休になると本当に「どこにも逃げられない」そんな絶望感で…
自ら髪の毛を抜き、手首を切って。
痛みを感じることによって生きている実感を再確認しているような子どもでした。
本当にほんとうに「逃げてもいい」んだよ。
怒っても泣いてもいいんだよ。
そう他人に言うのは簡単なんだよね…
だけど自分自身が逃げたり、悪い感情に心をやつすのはそのじつ難しいよね。
おそらく。
あなたが生きづらさを感じてしまうのは、それだけあなたが真面目ながんばりやさんだから。
あなたをいじめる人以上に、あなた自身があなたに厳しいから。
もっとがんばらなくちゃダメ。
そうあなたがあなた自身を責めてしまいがちだから。
自分にやさしくするのって、本当はとても難しいよね…
私も苦手です。
自分を鼓舞して、もっとがんばれって自分を奮い立たせて努力し続けるより、
もう休んでもいいよ、逃げたって大丈夫だよ。
そんなふうに自分に許可を出すことのほうがずっと難しいよね。
本当は私自身も…
自分が許せなくて今もずっと苦しんでいます。
その理由の一つに。
私は「がんばる自分」「努力する自分」「愛されるに値する自分」でいない限り、
周囲の人に見捨てられるのではないかとずっとびくびくして生き続けてきたから。
五十歳を過ぎた今でも私は怯え続けています。
だからこそ、お互いに約束しようか。
自分を許すのって本当はとても難しいよね。
だからまあ「許さなくてもいいよ」ってことにしとこうか。
自分を過剰に責めて死を選ばないという部分だけ遵守できれば、
ひとまずオッケーだよ。
死にたいと思うことすらダメだと思うから余計に苦しくなるんだよ。
死にたいと思うのは単なる「感情の動き」だよ。
感情にいいも悪いもないから、死にたいと思うのはアリなんだよ。
実行してしまわなければ何を考えてもいいんだよ。
あなたの心はあなたのものだよ、例えネガティブな感情であっても…
あなたの感じた素直な想いを大事にしよう。
同様にあなたの身体もあなたのものだから。
大事にして欲しいんだよ。
だからこそあなたの手で傷つけたり粗末に扱って欲しくないんだ。
重たくなった気分をちょっと切り替えようか。
せっかくだし、令和という元号に基づいて私からお話を差し上げるね。
令和という元号の基となった冒頭の一文の作者は大伴旅人という人。
大伴旅人は飛鳥時代から奈良時代に活躍したお役人で、
百人一首の「かせせぎの渡れる橋の…」の短歌や、
ちょっとセンシティブなところでは「海ゆかば…」の元歌で知られる大伴(中納言)家持のお父さんです。
当時としてはとても長生きした大伴旅人。
旅人は六十七歳で亡くなっていますが、左将軍だった彼は還暦を過ぎて、
山上憶良とともに平城京から大宰府への赴任が命ぜられます。
しかし、福岡は大宰府に着いてすぐのこと。
長旅と慣れない街での暮らしが堪えたのか、妻の大伴郎女は病死します。
今も昔も妻に先立たれた中高年男性のひとり暮らしは侘しいものがあります。
最愛の妻が亡くなり、且つ慣れない大宰府の地での新生活。
ただでも大酒飲みだった旅人の暮らしを、周囲も相当に心配しました。
気散じの目的で旅人の大宰府の新居に友人知人が集まろうかという話になり、
その席に集まった三十一人と旅人とで即興で一首詠もうということになります。
お題は「梅の花」。
令和という元号は、
集まった「客人ご一同様」に向けた主としての、大伴旅人の(いわば)ご挨拶の言葉、
「初春の令月にして気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は佩後の香を薫らす」から生まれたものなのです。
太宰帥としての「同僚」であった山上憶良は、
まさに糟糠の妻だった大伴郎女を亡くしたばかりの旅人を慮ってこう詠みました。
以下、私・前田穂花の独断と偏見だらけの現代語訳とともにお届けしていきますね。
春さればまづ咲くやどの梅の花独り見つつや春日暮らさむ
「ご自宅のお庭の梅の花を眺めつつおひとりでお過ごしになられるのでしょうか(ご心中をお察し申し上げます)」
対して。
やはり人前では弱音は吐けなかったのでしょう。
旅人は多くの人が集まった宴の席では次のように詠むに留めます。
我が園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも
「我が家の庭に雪のように梅の花が散る。
空(=亡妻のいる天国)からも雪が流れるかのごとく降るのでしょうか」
しかし。
お開きののち、旅人は妻を亡くした心の傷みについて続けて四首詠んでいます。
残りたる雪に交れる梅の花早くな散りそ雪は消ぬとも
「残る雪に交じって咲く梅の花よ、早く散るんじゃないぞ。(例え)雪は解けて消えても」
雪の色を奪いて咲ける梅の花今盛りなり見む人もがも
「白く残る雪の色を奪う如く満開の梅の花を眺める人がここに(=亡妻が生きて)いればいいのに」
我がやどに盛りに咲ける梅の花散るべくならむ見む人もがも
「我が家の満開の梅の花が散りそうになった、梅の花を観る人がここに(=亡妻が生きて)いればいいのに」
梅の花夢に語らくみやびたる花と我思ふ酒の浮かべこそ
一に言う「いたづらに我を散らすな酒の浮かべこそ」
…夢に出てきた梅の花が私にこう語りかけてきた「自分でも雅な花だと思いますのよ。
どうぞあなたの晩酌のお酒に浮かべてくださいな」。
「私を無駄にしないであなたの酒盃に浮かべてくださいな」
旅人も息子の家持も大の酒好きで知られます。
万葉集には「酒を讃むる歌」という作品もあります。
最後の歌は酒に酔った旅人が花に姿を変えた妻の幻でも見た、そんな情景なのでしょうか?
梅の花の精に生まれ変わった亡き妻が、
寂しさについ深酒してしまう夫・旅人のご相伴をする歌なのかもしれません。
「自分でも雅な花だと思いますのよ」と夢のなかで語る今は亡き女房。
思わずそんな妄想をしてしまうほど、天国の妻は彼にとっての愛おしい存在なのだと、
私は旅人の言葉を読んでいて思いました。
令和という元号はただ綺麗なだけではなくって。
そんな大伴旅人の切ない感情や天国の妻に対する慕情が滲んでいると知って、
私はむしろちょっと心が癒された思いです。
もっとも、酒を讃むて飲みまくって…
依存症まっしぐらになるような飲酒の習慣は厳禁ですが。
アルコール依存症はじめ様々なアディクションも、
依存症という病気を悪化させる最大の要因は「孤独」だといわれます。
もとから呑み助な旅人の深酒は、
愛する妻を失って、彼自身も苦しみつつ深みにはまったのかもわかりません…。
昔も今も生きていることは切ないから。
いつもひとりでいられるほど、孤独を愛しているといい切れてしまうほど…
人間は強いとは言い切れない存在だから。
強く在ることは確かに大切ではあるけれども。
弱音を吐いても別に大丈夫なんだよ、
大好きな晩酌を楽しもうとしてもつい死んだ妻を思い出してしまう大伴旅人のように。
令和という新しい時代の幕開けに、
溢れんばかりの祝賀ムードがもしも心に重たくなってしまったら。
あなたも亡妻を忘れられずにしみったれる大伴旅人を少し思い出してください。
生きていれば強さだけが求められがちな現代社会だけど。
旅人の亡き妻を想う切ない言葉に触れることによって。
心の弱さが同時に人間の温かさでもあると、
今泣きそうなあなたが、そうちょっとだけ気づくことが叶って…
深呼吸できますように。
前田 穂花